忘れていた愛し方を思い出す

そると/心とエネルギーのお話/ビューティフルライフカウンセラー

忘れていた愛し方を思い出す

私たちは、愛されなくなることを恐れて生きてきました。

愛を失うことを恐れ、
傷つくことを恐れ、
本当の気持ちをしまい込み、
少しずつ心に壁をつくってきたのかもしれません。

もし今、
「もっと満たされたい。」
「もっと認められたい。」
そんな思いが心のどこかにあるとしたら、

一度、自分自身に問いかけてみてほしいのです。

本当に、私たちは愛を失ってしまったのでしょうか。

もしかしたら、
失ったと思っていたのは愛ではなく、

愛が見えなくなっていただけなのかもしれません。

愛は、最初から私たちの中にありました。

ただ、その存在を忘れていただけだったのです。

自分をジャッジしていませんか?

私たちは、気づかないうちに自分を厳しく見つめて生きています。

できたか、できなかったか。
正しいか、間違っているか。
足りているか、足りていないか。

そんなふうに、自分に点数をつけるように生きていると、
心は少しずつ疲れていきます。
もし今、
「もっと頑張らなければ。」
「まだまだ足りない。」
「こんな自分ではだめだ。」
そんな声が心のどこかにあるとしたら、

一度、自分自身に問いかけてみてください。
本当に、私たちはそこまで自分をジャッジしなければいけないのでしょうか。
もしかしたら、
責める必要があるのではなく、
ただ、わかってあげることが必要だったのかもしれません。

愛は、最初から私たちの中にありました。
ただ、そのやさしさを自分に向けることを忘れていただけだったのです。

私たちは、自分を外側の基準で測ってきた

私たちはいつの間にか、
自分の価値は誰かの評価で決まると思うようになりました。

もっとできる人でいなければ。
失敗してはいけない。
期待に応えなければ。
ちゃんとしていなければ。

そうして、外側の基準に合わせることばかりを続けているうちに、
「まだ足りない。」
「もっと頑張らなければ。」
そんな感覚が当たり前になり、
気づけば、すでに持っているものや、
すでに出来ていることまで見えなくなってしまうことがあります。

そして、自分自身を責めることが習慣になっていくのです。

でも、本当に必要だったのは、
ジャッジではなく、理解だったのかもしれません。
私たちは、
誰かに認められる前に、
まず自分に認めてもらいたかったのです。

自分を責めることで守ってきた

私たちが自分を厳しく裁いてしまうのは、
怠けているからでも、弱いからでもありません。

過去に失敗して傷ついたり、
期待に応えられなかった痛みを経験したりして、
「もう同じ思いをしたくない。」
そうやって、自分を守ろうとしてきたからです。

でも、
その厳しさは本当に私たちを守ってくれていたのでしょうか。
ときには、
自分を責めることで前に進もうとしていたのかもしれません。
けれど、
責め続けるほどに心は固くなり、
本来のやさしさまで見えなくなってしまいます。

自分をジャッジすることは、
自分をよくするためではなく、
ただ苦しめてしまうこともあるのです。

受け入れることも、愛

そして、もう一つ思い出したいことがあります。
それは、
受け入れることも、愛だということです。

私たちは、
自分の弱さや未熟さを見つけるたびに、
それを否定したくなります。

こんな自分ではだめだ。
もっとちゃんとしなければ。
まだまだ足りない。

そんなふうに、自分を追い立ててしまうことがあります。
でも、本当に必要なのは、
欠けている部分を責めることではなく、
今の自分をそのまま見つめることかもしれません。

できていないところがあってもいい。
揺れていてもいい。
立ち止まっていてもいい。

そうやって、自分を受け入れることは、
甘やかしではなく、深い愛です。

愛は、循環している

愛は、循環するものです。
今、心に余裕のあるときは、
自分にやさしい言葉をかければいい。

疲れているときは、
無理に前を向こうとせず、
安心して休めばいい。

自分を整えることも、
自分を受け取ることも、
愛の循環の大切な一部です。

そして、心が少しずつ満たされ、
また歩き出せるようになったとき、

今度はそのやさしさを、
自分自身へ、そして誰かへと差し出していけばいいのです。

愛は、
完璧な人だけが持つものではありません。

私たちが受け取ったやさしさは、
また別のやさしさへとつながり、
やがて世界を巡っていきます。

私たちは、思い出すとき

だから、
自分をジャッジしすぎなくていい。
できない自分を責めなくていい。

私たちは、
不完全なままでも、
愛されるに値する存在です。

愛は外に探しに行くものではありません。

愛は、いつも私たちの内側にあります。

そして、
その愛は、
自分を受け入れることで目を覚まし、
人から人へと巡り、
世界をやさしく育んでいきます。

今、私たちは思い出すときです。
忘れていた自分への愛し方を。
自分の内側に、すでに愛があるということを。
責めることではなく、理解すること。
裁くことではなく、受け入れること。
そのどちらもが重なり合うことで、

愛は循環し、
私たちの人生を、
そして世界を少しずつあたたかくしていきます。

その循環は、
特別な誰かから始まるのではありません。
今、この文章を読んでいる私たち一人ひとりから始まるのです。