「好き」が「嫌い」に変わるとき、本当に起きていること

そると/心とエネルギーのお話/ビューティフルライフカウンセラー

「こんなに好きだったのに、どうして嫌いになってしまったんだろう。」
そんな経験はありませんか。

好きだった人。
好きだった仕事。
好きだった趣味。
好きだった場所。

あれほど心が動いていたものなのに、気づけば見るのも嫌になってしまう。

私たちは、そんなとき「相手が悪かった」「自分が変わってしまった」と考えがちです。
でも、その奥には、もっと静かに積み重なってきたものがあるのかもしれません。

あなたは、何を我慢し続けてきましたか?

好きだから。
大切だから。
失いたくないから。

そう思うほど、
私たちは自分の気持ちを後回しにしてしまうことがあります。

本当は疲れていたのに、頑張り続けた。
本当は悲しかったのに、笑顔でいた。
本当は「嫌だ」と言いたかったのに、飲み込んできた。
その小さな我慢は、少しずつ心の中に積み重なっていきます。

我慢の奥にある、本当の願い

では、なぜ私たちは我慢をするのでしょうか。
その奥には、こんな願いが隠れていることがあります。

「これだけ頑張れば、きっと分かってもらえる。」
「これだけ尽くせば、大切にしてもらえる。」
「私が変われば、相手も変わってくれるかもしれない。」

つまり、我慢は単なる我慢ではなく、
「我慢をすれば、自分の願いが叶うはず。」
という、無意識の期待を抱えていることがあるのです。

もちろん、その期待に気づいていないことも少なくありません。

でも、その願いが何度も叶わなかったとき、人は悲しみを抱えます。
そして、その悲しみが積み重なると、
「好きだったもの」が「嫌い」に変わってしまうことがあります。

「好き」を壊しているのは、見返りへの期待かもしれない

あなたは今、何かに見返りを求めていませんか。
「認めてもらいたい。」
「感謝してもらいたい。」
「愛を返してもらいたい。」
それ自体は、とても自然な願いです。

でも、もしその願いが満たされることだけが心の支えになっているとしたら、自分の幸せを相手の反応に預けてしまうことになります。

すると、相手が期待通りに応えてくれないたびに、「好き」は少しずつ苦しさへと変わっていきます。

「好き」を長く育てるために
本当に「好き」を育てる人は、
「相手がどう反応するか」よりも、
「私はこれが好きだから。」
という、自分の心を大切にしています。

だから、誰かに認められなくても、自分の喜びまで失うことはありません。もちろん、人との関係には、尊重や誠実さを求めることも大切です。
相手に傷つけられ続ける関係の中で我慢し続けることは、愛ではありません。
自分を大切にするために距離を置くことも、愛の一つです。

あなたの「好き」は、誰のものですか?

もし今、好きだったものを嫌いになりそうなら、自分に問いかけてみてください。
「私は、何を期待していたんだろう。」
「私は、何を我慢してきたんだろう。」

そして、もう一つ。
「私は、本当に好きだから続けているのだろうか。」
それとも、
「認めてもらうために続けているのだろうか。」

この問いに正解はありません。
でも、この問いを持つことで、自分の心の本音が少しずつ見えてきます。

「好き」は、誰かから与えてもらうものではありません。
自分の心の奥から湧き上がる喜びです。

その喜びを、誰かの評価や反応に委ねないと決めたとき、
あなたの「好き」は、もっと自由に、
もっと穏やかに育っていくのではないでしょうか。