そると/心とエネルギーのお話/ビューティフルライフカウンセラー
「不足」と「充足」。
私はこれまで、その両方の世界を体験してきました。
そして今、不足の世界について考えていると、
一つの大きな気づきにたどり着きました。
私たちは、本来完全であり、不足の世界を体験することで、
自分が本来知っていた充足の世界を思い出す設定だった。
そんなふうに、今は感じています。
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充足の世界には、「足りない」がない
私が思い描く充足の世界には、「足りない」という感覚がありません。
欲しいものはある。
愛もある。
安心もある。
すべてが満たされている。
だからこそ、そこでは体験できないことがあります。
「ない」という感覚。
「できない」という感覚。
思い通りにならないこと。
遠回りすること。
失敗すること。
悩むこと。
誰かとすれ違うこと。
頑張っても、なかなか結果が出ないこと。
かつての私は、そんな「不足」の体験を、
できれば避けたほうがいいものだと思っていました。
「どうしてこんなことが起きるんだろう」
「どうして私は、うまくできないんだろう」
「どうして思い通りにならないんだろう」
そんなふうに、不足を「悪いもの」として捉えていたのです。
でも、今は少し違う見方をしています。
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「ない」を知ることで、「ある」を思い出す
私たちはこれまで、「不足しないように生きること」
を教えられてきたのかもしれません。
足りないものを埋める。
できないことをなくす。
失敗しないようにする。
人より遅れないようにする。
もっと頑張って、
もっと手に入れて、
もっと完璧になろうとする。
でも、もしも。
不足の体験そのものを、
本来の私たちが選んでいたとしたら?
「ない」を知ることで、「ある」を思い出す。
「できない」を知ることで、「できる」を思い出す。
苦しさを知ることで、安心を思い出す。
愛が足りないと感じることで、
本当は愛は自分の内側にあったことを思い出す。
外側に答えを探し続けることで、
答えは自分の中にあったことを思い出す。
そう考えると、不足の体験は、
私たちを充足から遠ざけるためのものではなく、
充足を思い出すための体験だったのかもしれないと思えるのです。
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充足の世界では、できないこともしたかった
そして、こう思うのです。
充足の世界では、できないこともしたかった。
何でもある世界では味わえない、
「欲しい」という気持ち。
何でもできる世界では味わえない、
「やってみたい」という気持ち。
すでに叶っている世界では味わえない、
「叶えたい」という願い。
できないところから、できるようになる喜び。
知らないところから、知っていく喜び。
迷いながら、自分で選ぶ喜び。
何もないところから、何かを生み出す喜び。
それを体験したかった。
だから私たちは、この地球に来ることを選んだのではないでしょうか。
不足を体験するためだけではなく、
不足を通して、自分が本来知っていた充足を思い出すために。
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不足を体験していることを、本当は喜んでいたのかもしれない
ここに気づいたとき、私の中で「不足」というものの意味が、
大きく変わりました。
私たちはこれまで、「不足している状態は、できれば避けたほうがいい」
と教えられてきたのかもしれません。
足りないことは苦しい。
できないことは恥ずかしい。
失敗することはいけない。
思い通りにならないことは、
人生がうまくいっていない証拠。
だから、一刻も早く不足を埋めようとする。
でも、もし本来の私たちが、
「不足を体験してみたい」と思って、この地球に来ていたとしたら?
「ない」を体験してみたい。
「できない」を体験してみたい。
そこから、「ある」に気づいてみたい。
「できる」を体験してみたい。
自分で願って、
自分で選んで、
自分で一歩を踏み出してみたい。
そう考えると、
不足を体験していることそのものを、
本来の私たちは喜んでいたのかもしれません。
「やった!今度は、この世界を体験できる」
そんな見方が少しずつできるようになって来ると
地球は問題を解決する場所ではなく、
様々な体験をする遊び場だったことに気付けるのです。
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不足は、欠けているものではなく「余白」だった
そう考えると、不足はただの「欠けているもの」ではなく、
体験を生み出すための余白にも見えてきます。
願いが生まれるための余白。
挑戦するための余白。
成長するための余白。
誰かと支え合うための余白。
そして、「できた!」という喜びを感じるための余白。
もし最初から何もかも満たされていたら、
「欲しい」という気持ちも、
「やってみたい」という気持ちも、
「叶えたい」という願いも、
生まれなかったかもしれません。
だから不足の世界は、否定しなくてもいいのです。
不足があったから、充足を知ることができた。
できなかったから、できる喜びを知ることができた。
迷ったから、自分で選ぶことができた。
遠回りしたから、見つけられたものがあった。
そして、
「ない」と思ったからこそ、
「ある」ことのありがたさを知ることができた。
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地球だからこそ、できること
そう考えると、地球という場所は、とても面白い。
何でも完璧に揃っている場所ではないからこそ、
ここでしかできない体験があります。
不足もある。
充足もある。
喜びもある。
悲しみもある。
できることもある。
できないこともある。
だからこそ、私たちは「体験」することができる。
誰かを愛すること。
傷つくこと。
許すこと。
もう一度信じること。
失敗すること。
悩むこと。
挑戦すること。
そして、
できなかったことが、
できるようになること。
それは、
何でも満たされている世界では味わえない、
この地球ならではの体験なのかもしれません。
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今、足りなくてもいい
だから、もし今、
何かが足りなくても。
何かがうまくできなくても。
思い通りにならなくても。
それを、すぐに「失敗」と決めつけなくてもいいのかもしれません。
「私は今、この体験をしに来ているんだ」
そう思ってみる。
「どうしてこんな現実なんだろう」と嘆くのではなく、
「この状況で、私は何を体験してみたい?」
「ここから何ができる?」
と考えてみる。
すると、人生への向き合い方が少し軽くなる。
そして、そこで選んだ小さな一歩が、また次の体験を連れてきてくれる。
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不足も、充足も、どちらも人生の一部
不足の世界も、
充足の世界も、
どちらか一方が正解なのではない。
どちらも知っているからこそ、
人生はもっと豊かになる。
不足があったから、
充足を知ることができた。
できなかったから、
できる喜びを知ることができた。
「ない」と思ったから、
「ある」ことに気づくことができた。
そして、
「ある」と気づいたからこそ、
今度はその豊かさを使って、
また新しい体験を創っていくことができる。
だから、
「足りない」を怖がるのではなく、
「今、ここにあるもの」を感じながら、
できないことも楽しんでいけばいいと思う。
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この人生を、思いっきり味わう
私たちはもう、
不足をなくすことだけを
人生の目的にしなくてもいいと思っています。
不足があるから、願いが生まれる。
願いがあるから、一歩を踏み出せる。
一歩を踏み出すから、新しい体験が生まれる。
そして、その体験を通して、
また自分の中にあるものを思い出していく。
その繰り返しが、人生なのかもしれません。
だから誰もが自分に集中し、
他人と比較して足りないことを嘆くより、
今あるものを味わう喜びを知る。
できないことを責めるより、
「やってみたい」と思う気持ちを大切に進んで行く。
うまくいかないことを恐れるより、
そこから生まれる体験を楽しもうと決意する。
そして、
充足の中から、
この地球でしかできない体験を無限に生み出して行く。
ごきげんな自分で、今あるものを味わう。
ごきげんな自分で、やってみたいことを選ぶ。
ごきげんな自分で、今できることをひとつやってみる。
そうしているうちに、気づけば人生は自然と整っていく。
不足を埋めるためではなく、
充足を思い出した私たちが一丸となって、
この地球を思いっきり体験する人生を味わう。
それが、これからの私たちの生き方なのだと思います。
軽やかに。
自由に。
ごきげんに。
不足も、充足も。
できることも、できないことも。
すべてを味わいながら、
この人生を、思いっきり楽しんで、
新しい地球の文明・文化を創造して行きましょう。