そると/心とエネルギーのお話/ビューティフルライフカウンセラー
愛を拒絶すると、お金とパートナーを遠ざけてしまう
「もっとお金が欲しい」
「素敵なパートナーが欲しい」
そう願っているのに、なぜかお金が残らない。
仕事を頑張っても、思うように収入につながらない。
パートナーが欲しいのに、なぜかいい人に出会えない。
出会っても、関係が深くなると嫌になってしまう。
大切にされると、なぜか逃げたくなる。
そんなとき、私たちは、
「お金がないから」
「出会いがないから」
「相手が悪いから」
と、外側に原因を探します。
でも、もしかするとその原因の奥には、
「愛を受け取ることを拒絶している自分」
が隠れているのかもしれません。
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愛を拒絶するということ
愛を拒絶するというと、
「人を愛さない」
「恋愛をしない」
ということを想像するかもしれません。
でも、もっと日常的なところにも、
愛の拒絶は現れています。
誰かに褒められても、「そんなことないです」と否定する。
親切にされても、「悪いな」と思う。
誰かに助けてもらっても、「自分でできるから大丈夫」と言う。
プレゼントをもらっても、「こんなのもらえない」と断る。
パートナーが何かしてくれても、「そんなことしなくていい」と拒む。
誰かに愛されると、「何か返さなければ」と焦る。
一見すると、謙虚で、自立していて、しっかりしているように見えます。
でもその奥には、「私は、与えられる側になってはいけない」という
強い思い込みが隠れていることがあります。
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愛は「与える」だけではない
私たちは、愛することについては、たくさん教えられてきました。
優しくする。
相手を思いやる。
支える。
尽くす。
役に立つ。
困っている人を助ける。
だから、「誰かを愛すること」はできる。
でも、「愛されること」になると、急に難しくなる人がいます。
自分が相手に何かをしてあげることには安心する。
でも、相手から何かをしてもらうと落ち着かない。
自分が相手を支えるのはいい。
でも、自分が支えられるのは嫌。
自分が与えるのはいい。
でも、自分が受け取るのは申し訳ない。
これは、愛そのものを拒絶しているというより、
「愛を受け取る自分」を許していないのかもしれません。
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愛を拒絶すると、パートナーを遠ざけてしまう
パートナーシップでは、この「受け取れない」という設定が、
とても分かりやすく現れます。
本当は愛されたい。
大切にされたい。
優しくされたい。
支えてほしい。
そう思っているのに、いざ誰かが近づいてくると、嫌になる。
相手の優しさが、重たく感じる。
相手が自分を大切にしてくれるほど、なぜか距離を取りたくなる。
相手から連絡が来ると、面倒に感じる。
自分を好きだと言われると、気持ち悪く感じる。
そして、相手が離れていくと、「どうして愛してくれなかったんだろう」
と悲しくなる。
これは、「愛されたい」という願いと、「愛されたくない」という拒絶が、
自分の中で同時に起きている状態です。
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「愛されたい」と「愛されたくない」
心の奥では、「愛されたい」と思っている。
でも、愛されると、怖い。
自分を知られるのが怖い。
弱さを見せるのが怖い。
相手に頼るのが怖い。
自分の人生を誰かに委ねるのが怖い。
相手から何かをもらったら、返さなければいけない気がする。
愛されるほど、「私はこの人に応えなければ」と思ってしまう。
だから、愛される前に、自分から距離を取る。
相手の嫌なところを探す。
相手に嫌悪感を感じる。
相手を批判する。
そして、「やっぱりこの人じゃなかった」と関係を終わらせる。
でも、もしかすると、嫌だったのは相手ではなく、
「愛されている自分」だったのかもしれません。
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そして、お金も同じところに反応する
ここで、お金について考えてみます。
お金も、「受け取るもの」です。
仕事をして受け取るお金。
誰かからもらうお金。
プレゼント。
お祝い。
誰かが自分のために払ってくれるお金。
自分のサービスを、「あなたから買いたい」と言って渡してくれるお金。
すべて、自分のところにやってきたものを、受け取るという行為です。
ところが、愛を受け取ることを拒絶していると、お金を受け取ることにも、
抵抗が出ることがあります。
「こんなにもらっていいの?」
「私にはそんな価値がない」
「もっと頑張らなければ」
「こんなに受け取ったら申し訳ない」
「何かを返さなければ」
そんな気持ちになる。
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「頑張った分だけ受け取る」という世界
愛を受け取れない人は、
お金も、「頑張った分だけ受け取るもの」
という設定になっていることがあります。
一生懸命働く。
我慢する。
人の役に立つ。
期待に応える。
結果を出す。
その対価として、ようやくお金を受け取る。
だから、何もしていない自分には、
お金を受け取る資格がないように感じる。
休んでいると不安になる。
楽しんでいると、「こんなことをしていていいのかな」と思う。
楽にお金が入ってくると、なぜか落ち着かない。
誰かから与えられると、「気を使わせてしまった」と罪悪感を感じる。
でも、これは、お金そのものの問題ではなく、
「私は、何もしなくても受け取っていい」
という許可の問題なのかもしれません。
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パートナーからお金を受け取れない
パートナーシップでは、この問題がさらに分かりやすくなります。
パートナーにご飯をごちそうしてもらう。
プレゼントを買ってもらう。
生活を支えてもらう。
何かをしてもらう。
そんなとき、「ありがとう」だけで受け取れますか?
それとも、
「悪いな」
「申し訳ない」
「私も何かしなきゃ」
「対等じゃなくなる」
と思うでしょうか。
もし、「もらうのが嫌」という気持ちが強いなら、
そこには、「与えられることへの抵抗」があるかもしれません。
そして、その抵抗は、パートナーからの愛だけでなく、
お金を受け取ることにもつながっている可能性があります。
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愛を拒絶すると、豊かさも拒絶する
愛とは、男女関係だけではありません。
誰かの優しさ。
誰かの親切。
誰かの応援。
誰かの時間。
誰かの才能。
誰かのお金。
誰かが自分に向けてくれた、「あなたを大切にしたい」という気持ち。
それらを受け取ることも、愛を受け取ることです。
だから、愛を拒絶するということは、
単にパートナーを拒絶することではありません。
「私に向かってくる豊かさそのものを拒絶する」
ことにつながる場合があります。
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どうすればいいのか
まず、自分が愛を拒絶していることに気づくこと。
そして、自分を責めないこと。
「私は愛されたいのに、愛されると嫌になる」そんな自分がいてもいい。
「本当は受け取りたいのに、怖い」そんな自分がいてもいい。
「誰かに頼るのが苦手」
「甘えるのが苦手」
「大切にされるのが慣れていない」
そう感じる自分にも、ちゃんと理由があります。
だから、無理に受け取れる人にならなくてもいい。
少しずつでいいから誰かに親切にされたら、
「ありがとう」と受け取ってみる。
褒められたら、すぐ否定せずに、「嬉しい」と言って
嬉しさを味わってみる。
何かをしてもらったら、「助かった」と受け取ってみる。
プレゼントをもらったら、「ありがとう」と受け取ってみる。
そして、お金を受け取ったときも、「申し訳ない」ではなく、
「ありがとう」と言ってみる。
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「受け取ることも愛」だった
愛することだけが愛だと思っていませんか?
相手のために何かをする。
相手を支える。
相手を喜ばせる。
それが愛だと思っていると心が疲弊します。
相手が私に渡したいものを、ちゃんと受け取ってあげること。
「ありがとう」と受け取ること。
それも、愛だから。
相手が何かをしてくれたとき、
「そんなことしなくていい」と拒絶することが、
相手の愛を遠ざけていたのかもしれない。
相手には、「あなたに与えたい」という愛があったのかもしれない。
それを受け取ることは、
相手に自分の出した愛を、受け取って貰えた喜びとして、
相手のところまで響かせてあげることでもある。
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愛を受け取ると、循環が始まる
愛は、一方通行ではありません。
与える人だけが愛しているのではない。
受け取る人も、愛の循環を作っています。
誰かから受け取る。
自分が満たされる。
満たされたものが、また誰かへ流れていく。
お金も同じです。
受け取る。
使う。
誰かに渡る。
また誰かが受け取る。
そして、また循環していく。
だから、「受け取ること」は、奪うことではありません。
依存することでもありません。
循環の一部になることです。
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愛されることを許す
もし、
「お金がもっと欲しい」
「豊かになりたい」
「素敵なパートナーが欲しい」
と思っているのなら、一度、自分に問いかけてみてください。
私は、本当に受け取ることを許しているだろうか?
私は、愛されることを許しているだろうか?
誰かに大切にされることを許しているだろうか?
誰かに助けてもらうことを許しているだろうか?
誰かにお金を払ってもらうことを許しているだろうか?
楽に受け取ることを許しているだろうか?
何もしなくても、自分には価値があると思えているだろうか?
もしかすると、お金を遠ざけているのも、
パートナーを遠ざけているのも、「魅力がないから」ではない。
「いい人に出会えないから」でもない。
その奥には、「愛されることを拒絶している私」がいるのかもしれません。
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愛されることを許す。
受け取ることを許す。
頼ることを許す。
甘えることを許す。
大切にされることを許す。
豊かになることを許す。
何もしなくても価値がある自分を、許す。
すると、「もっと頑張って手に入れなければ」という生き方から、
「すでに向けられているものを受け取る」という生き方へ、
少しずつ変わっていきます。
パートナーを追いかけなくても、愛を受け取れる。
お金を追いかけなくても、豊かさを受け取れる。
頑張って価値を証明しなくても、大切にされていい。
私は、愛されていい。
私は、受け取っていい。
私は、豊かになっていい。
私は、望んでいい。
そして、私が受け取った愛や豊かさは、また誰かへ流れていく。
愛を拒絶しない。
それは、パートナーを受け入れることだけではなく、
お金も、豊かさも、人生からやってくるものも、
受け取ることを許すということ。
愛を受け取ることを許したとき、
もしかすると、遠ざけていたと思っていたお金も、パートナーも、
「追いかけて手に入れるもの」ではなく、
自然に循環しているものだったと思えるくらい、
あっさりと目の前に現れてくれることでしょう。