生きているだけで美しい

そると/心とエネルギーのお話/ビューティフルライフカウンセラー

生きることを楽しめばよかった

あなたは、生きていることに罪悪感を感じたことがありますか?

「こんなふうに生きていていいのかな」

「もっと頑張らなければいけない」

「誰かの役に立たなければ、ここにいる意味がない」

「自分だけ楽しんでいてはいけない」

そんな思いを抱えながら、生きてきた人もいるかもしれません。

本当は疲れているのに頑張る。

本当は苦しいのに笑う。

自分の気持ちより、周りの人の気持ちを優先する。

自分が欲しいものより、誰かに必要とされるものを選ぶ。

そうやって、「生きていていい理由」を探し続けてしまう。

けれど、本当は――

生きていることに、理由を証明する必要はありません。

生きていていい

何かを成し遂げたから、生きていていいのではありません。

仕事ができたから。

人に喜ばれたから。

お金を稼いだから。

誰かの役に立ったから。

美しくなったから。

強くなったから。

そんな条件を満たした人だけが、生きていていいのではありません。

何もできない日もいい。

疲れている日もいい。

失敗した日もいい。

誰かの役に立てない日もいい。

立ち止まっている日もいい。

ただ眠っているだけの日があってもいい。

生きているということは、それだけですでに尊いことなのです。

あなたは、何かを証明しなくても、ここにいていい。

生きているだけで、美しい

そして、もうひとつ大切なことがあります。

生きているだけで、美しい。

何かを成し遂げたから美しいのではありません。

誰かに認められたから美しいのでもありません。

泣いたり、迷ったり、傷ついたり、立ち止まったりしながらも、

それでも今日を生きている。

その姿そのものが、命なのです。

花は、咲いているときだけが美しいわけではありません。

蕾のときも。

散っていくときも。

枯れていくときも。

その瞬間の命を生きています。

人も同じです。

元気な自分も。

弱っている自分も。

自信のある自分も。

自信を失った自分も。

笑っている自分も。

泣いている自分も。

全部、生きている命の姿です。

だから、

「もっと素敵な自分になったら愛そう」

「もっと頑張ったら認めよう」

「もっと価値のある人間になったら、生きていていいと思おう」

そうしなくてもいい。

今ここにいるあなたも、もう美しい。

よく生きてきたね

もし、今まで生きることに罪悪感を抱えてきたのなら、

過去の自分を責めなくていい。

「どうしてもっと楽に生きられなかったんだろう」

「どうして自分を大切にできなかったんだろう」

そう思う必要もありません。

そのときのあなたには、そのときのあなたなりの精一杯があったのです。

辛くても、生きてきた。

傷ついても、立ち上がった。

何度も迷いながら、それでも今日まで来た。

だからまず、自分にこう言ってあげてください。

「よく生きてきたね。」

生きることに罪悪感を感じていたあなたも、

自分を好きになれなかったあなたも、

自分の存在に自信を持てなかったあなたも、

みんな今日まで、ちゃんと生きてきたのです。

生きることは、頑張ることだけじゃない

生きることを、

「頑張ること」

「努力すること」

「成長すること」

「誰かの役に立つこと」

だと思っていませんか?

けれど、生きるということは、本当はもっと自由です。

朝、気持ちのいい空気を感じる。

好きなものを食べる。

美しい景色を見る。

音楽を聴く。

誰かと笑う。

花を眺める。

好きなものを集める。

何もせず、ぼんやりする。

そんな何気ない時間も、

すべて「生きている」ということです。

人生は、成果を残すためだけにあるのではありません。

この世界を感じるため。

愛するため。

愛されるため。

美しいものに出会うため。

自分の「好き」を見つけるため。

そして、

この一度きりの人生を味わうため。

もっと人生を自由に楽しんでいい

「幸せになりたい」と思ったとき、

「そんなことを望んでいいのかな」

と思ってしまう人がいます。

「自分だけ幸せになっていいのかな」

「もっと頑張ってからじゃないと」

「誰かのために生きなければ」

そうやって、自分の幸せを後回しにしてしまいます。

でも、

楽しむことに資格はいりません。

幸せになるための試験もありません。

誰かから許可をもらう必要もありません。

生きているから、楽しんでいい。

生きているから、幸せになっていい。

生きているから、好きなものを好きになっていい。

頑張ったご褒美として幸せになるのではなく、

生きていることそのものを幸せにしていいのです。

あなたが生きたから、生まれたもの

あなたが今日まで生きてきたからこそ、

あなたにしか見られなかった景色があります。

あなたにしか感じられなかった感情があります。

あなたにしか出会えなかった人がいます。

あなたにしか見つけられなかった美しさがあります。

あなたにしか愛せなかったものがあります。

あなたが「好き」と感じたもの。

あなたが「美しい」と感じたもの。

あなたが誰かに向けた優しさ。

あなたが流した涙。

あなたが乗り越えてきた時間。

そのすべてが、あなたの人生をつくっています。

だから、

あなたが生きたことは、決して無駄ではありません。

あなたが存在したことでしか生まれなかったものが、確かにあります。

価値をつくるのではなく、気づく

私たちは、自分の価値を証明しようとしてしまいます。

もっと頑張ろう。

もっと成長しよう。

もっと人の役に立とう。

もっと認められる人になろう。

けれど、本当は、

不足を埋めるために、

価値をつくる必要なんてなかったのかもしれません。

必要だったのは、

すでにある価値に気づくこと。

生きている。

感じている。

愛している。

美しいと思っている。

誰かを大切に思っている。

何かを好きだと思っている。

その一つひとつが、あなたという命から生まれている。

それだけで、あなたは世界に何かを与えています。

だから、

「私には価値がある人間にならなければ」ではなく、

「私の中には、もう価値があったんだ」

と気づくだけでよかったのです。

肩の力を抜いて、生きていこう

これからは、

「私は何を成し遂げなければいけない?」

ではなく、

「今日は何を感じて生きたい?」

と、自分に問いかけてみてください。

何を食べたい?

どこへ行きたい?

何を見たい?

誰といたい?

何を好きになりたい?

何を美しいと感じたい?

そんな小さな問いから、自分の人生を取り戻していく。

人生は、ずっと歯を食いしばって進まなくていい。

握りしめていた手を、少し開いてみる。

「こうしなきゃ」を、ひとつ手放してみる。

誰かの期待に応えようとする力を、少し緩めてみる。

頑張ることも人生。

でも、

力を抜くことも人生です。

走る日があっていい。

休む日があっていい。

何かを掴む日があっていい。

何も掴まず、流れに身を任せる日があっていい。

肩の力が抜けたとき、

「ああ、私、生きてるんだな」

と、命そのものを感じられるのかもしれません。

だから、

肩の力を抜いて、生きていこう。

「今日も生きていてよかった」と思える人生へ

いつか人生を振り返ったとき、

「もっと頑張ればよかった」

ではなく、

「いっぱい感じたな」

「いっぱい愛したな」

「いっぱい笑ったな」

「美しいものをたくさん見たな」

「私の人生、宝物でいっぱいだったな」

そう思えたらいい。

人生は、

「生きる価値があることを証明する旅」ではありません。

自分が生きていることを、

少しずつ喜べるようになる旅です。

今日、ほんの少しでも、

「生きていてよかった」

と思える瞬間がありますように。

そして、その小さな瞬間をひとつずつ集めながら、

あなた自身の人生という宝物を、

これからゆっくり育てていけますように。

最後に、どうか自分にこの言葉を贈ってください。

「私、生きてる。それだけで、きれいだね。」

生きていていい。

楽しんでいい。

幸せになっていい。

肩の力を抜いて、生きていこう。

あなたの人生は、あなたのものです。

さあ、ここから、生きることを、もっと楽しんで行きましょう。