根源とつながると、人間の意識は大きく変化します。
今まで当たり前だと思っていた現実の見え方が変わり、
何かを手に入れなければ満たされないという感覚が薄れていきます。
未来に幸せを求め続けるのではなく、
今ここにあるものを感じることそのものに、
喜びや充足感を味わえるようになります。
そして、自分が生きているということも、
自分ひとりの力で成り立っているのではなく、
自然の大きな営みの中にあるのだと気づいていきます。
根源とつながることで、
私たちの意識はどのように変わり、
生きることの意味はどのように変化していくのでしょうか。
未来に幸せを求める意識から、今を味わう意識へ
私たちは、何かが手に入ったら幸せになれる、
願いが叶ったら満たされる、
問題が解決したら安心できると考えがちです。
その意識で生きていると、
いつも今ではないどこかに幸せを求めることになります。
今の自分には何かが足りない。
今の現実には何かが欠けている。
だから、もっと良い現実をつくらなければならない。
そんな思いが、知らず知らずのうちに、
今を生きる楽しさを遠ざけてしまいます。
けれど、根源とつながると、意識の向きが変わります。
未来に何かを求め続けなくても、
今この瞬間に感じられる喜びがあることに気づきます。
何かを達成したから楽しいのではなく、
今を感じていること自体が楽しくなる。
何かを手に入れたから満たされるのではなく、
今ここにあるものを感じることで、充足感が湧いてくる。
幸せになるために生きるのではなく、
生きていることそのものを楽しめるようになるのです。
今、すべてが整っているという充足感
根源とつながったときに感じる
「今、すべてが整っている」という感覚は、
目の前の現実に何の問題もないという意味ではありません。
自分の望みどおりになっていないことがあっても、
何かが足りないと感じることがあっても、
今ここにあるものを感じ、受け取ることができる。
その感覚が、充足感につながっていきます。
もっと何かを加えなければならない。
もっと自分を変えなければならない。
もっと良い未来をつくらなければならない。
そうした思いに追い立てられることが少なくなり、
今の自分、今の状況、今ここにあるものの中に、
すでにある豊かさを見いだせるようになります。
それは、何も望まなくなることではありません。
願いがあってもいい。
もっとこうしたいと思ってもいい。
新しいことに挑戦してもいい。
ただ、願いが叶うまでは満たされないという意識から、
今すでにある充足感を味わいながら、
願いを楽しむ意識へと変わっていくのです。
何かを得るために今を犠牲にするのではなく、
今を味わいながら、その先にある可能性も楽しめるようになります。
自分の内側の感覚から、自然に行動が生まれる
私たちは、目の前の現実が思いどおりでなければ、
原因を探し、方法を考え、何とか変えようとします。
もちろん、現実に対して必要な行動を起こすことは大切です。
けれど、根源とつながると、
現実を変えることだけに意識を向ける必要がなくなります。
今、何を感じているのか。
何に心が動くのか。
何をすると楽しいのか。
どんな感覚を大切にしたいのか。
自分の内側で起きていることに、自然と意識が向くようになります。
目の前の現実に自分を合わせるのではなく、
自分が今感じていることを大切にしながら、
行動を選べるようになります。
こうしなければならないという義務感よりも、
こうしたいという自然な感覚が動き出す。
何かを証明するためでも、誰かに認められるためでもなく、
自分が感じる喜びに従って行動できるようになるのです。
すると、行動は未来の幸せを手に入れるためだけのものではなくなります。
行動すること自体が楽しくなり、
その過程にも喜びを感じられるようになります。
自分を無理に動かそうとしなくても、心が動くから行動したくなる。
その自然な動きの中に、生きることの楽しさが生まれていきます。
現実に振り回されず、今の自分を感じる
目の前の現実が変わるたびに、
自分の気持ちまで大きく揺れ動いてしまうことがあります。
うまくいけば安心し、うまくいかなければ不安になる。
望んだ結果が出れば自分を肯定し、出なければ自分を否定する。
現実の状態によって、
自分の価値や幸福感まで決まってしまうような生き方です。
根源とつながると、現実に対する意識も変わっていきます。
今、目の前にある現実は現実として受け取りながら、
それだけで自分の内側の充足感を決めなくなります。
思いどおりにいかないことがあっても、
今感じられる喜びまで失う必要はありません。
不安が生まれたら、不安を感じている自分に気づく。
悲しさがあれば、悲しさを感じる。
楽しいことがあれば、その楽しさを十分に味わう。
どんな感情も、
今の自分に起きていることとして受け取れるようになります。
現実を無理に肯定するのでも、
嫌なことを我慢するのでもありません。
現実を何とかしようと抵抗し続けることから少しずつ離れ、
今の自分が感じていることを、そのまま受け取れるようになるのです。
そこには、
現実を思いどおりにしなければ安心できないという緊張感とは違う、
穏やかさがあります。
願いを叶えることも、人生の楽しみになる
根源とつながると、願いに対する意識も変わります。
願いが叶わなければ幸せになれないという意識では、
願いは不足を埋めるためのものになります。
けれど、今すでに充足感を味わえていると、
願いは不足を埋めるためだけのものではなくなります。
もっとこんなことをしてみたい。
こんな景色を見てみたい。
こんな人たちと関わってみたい。
こんな世界を体験してみたい。
自分の内側から湧いてくる感覚を、
楽しみながら現実の行動へとつなげていけます。
願いが叶うかどうかだけに執着するのではなく、
願いを抱くことも、そのために行動することも、
実現していく過程も楽しめるようになります。
願いが叶った未来だけが幸せなのではありません。
願いを抱いている今も、
その願いに向かって動いている今も、
すでに人生の一部であり、味わうことのできる時間です。
今を我慢して未来の幸せを待つのではなく、
今を楽しみながら、未来に向かって進んでいく。
根源とつながることで、
今を生きることと、未来を楽しみにすることが、
一つにつながっていくのです。
生きるということは、自然の中にあるということ
根源とつながると、生きるということの捉え方も変わっていきます。
私たちは、自分の力で人生を切り開き、
自分の意志で物事を動かし、
自分で何とかして生きていかなければならないと思いがちです。
けれど、自分という存在も、
大きな自然の営みの中にあることに気づくと、
生きることの意味が変わってきます。
呼吸をすること。
心臓が動いていること。
食べたものが身体をつくり、
身体が自然の恵みによって支えられていること。
私たちは、自分の意志だけで生きているわけではありません。
太陽が昇り、季節が巡り、植物が育ち、命がつながっていく。
その自然の営みの中に、私たちの生もあります。
自分が生きているということも、自然の営みの一部なのです。
このことに気づくと、生きるために何もかもを
自分でコントロールしなければならないという感覚が変わっていきます。
自分の力で何かを成し遂げることだけが、生きることではありません。
自然の中に身を置き、呼吸をし、身体の感覚を感じ、目の前にあるものを味わう。
その何気ない瞬間にも、命が営まれていることを感じられるようになります。
自分が自然の外側にいて、
自然を利用しながら生きているのではなく、
自分自身も自然の一部として生きている。
そう感じられるようになると、何かを成し遂げたかどうか、
何かを手に入れたかどうかだけで、
人生の豊かさを測る必要がなくなっていきます。
自分が今ここに存在し、自然の営みの中で生きている。
そのこと自体に、深い喜びや充足感を感じられるようになるのです。
根源とつながると、今を生きることに夢中になる
根源とつながると、今を生きることそのものに夢中になっていきます。
それは、何かに必死になって取り組むという意味ではありません。
未来のために今を我慢するのでも、
何かを成し遂げるために自分を奮い立たせるのでもありません。
今、感じていることに心が動く。
目の前にあるものに興味が湧く。
やってみたいことが生まれる。
自分の内側から、自然と行動したくなる。
そんなふうに、今この瞬間に意識が向かい始めます。
何かを得るために生きるのではなく、生きていること自体が楽しい。
何かを達成することだけに喜びを求めるのではなく、
そこに向かう過程も、その瞬間に感じることも、
すべてが生きる喜びになっていきます。
未来のことを考えなくなるわけではありません。
ただ、未来に意識を向けるあまり、
今を置き去りにすることがなくなっていきます。
今を感じ、今を楽しみ、今の自分から湧いてくる感覚に従って動いていく。
すると、気づけば今を生きることに夢中になっています。
そこには、何かをしなければならないという焦りとは違う、自然なエネルギーがあります。
幸せになるために何かを探し続けなくても、今ここにあるものを味わうことが楽しい。
そして、その楽しさの中から、新しい興味や願い、行動が生まれていきます。
今を生きることに夢中になるとは、
今この瞬間に自分の命を感じ、
自分が自然の営みの中にあることを感じながら、
生きることそのものを味わっている姿なのです。
行動がシンクロニシティを引き起こしていく
根源とつながり、今を生きることに夢中になっていくと、
行動のあり方も変わっていきます。
何かを実現させるために、無理に方法を考えたり、
結果をコントロールしようとしたりするのではなく、
自分の内側から自然に湧いてくる感覚に従って、
動き出せるようになります。
やってみたいと思ったことをやってみる。
気になった人に会いに行く。
心が動いた場所へ足を運ぶ。
ふと浮かんだ考えを、実際の行動に移してみる。
その一つひとつは、特別なことではないかもしれません。
けれど、その自然な行動の先で、
思いがけない人と出会ったり、
必要な情報が入ってきたり、
偶然とは思えないような出来事が重なったりすることがあります。
探し求めていた答えが、思いがけない会話の中に見つかる。
何気なく始めたことが、新しい可能性につながる。
ある人との出会いが、それまで考えてもいなかった道を開いていく。
自分が意図していなかったところで、
さまざまな出来事がつながり始めるのです。
こうした、
偶然の出来事に意味のあるつながりを感じる体験を、
シンクロニシティと呼びます。
根源とともに生きると、
シンクロニシティを起こそうと意識しなくても、
自分の自然な行動を通して、
そうした出来事に出会う機会が生まれていきます。
なぜなら、
未来の結果を得ることばかりに意識を向けるのではなく、
今の自分が感じていることを大切にし、
その感覚から行動できるようになるからです。
行動することが楽しい。
新しいことを体験することが楽しい。
人と出会い、世界と関わることが楽しい。
その楽しさが、次の行動を生み出していきます。
そして、その行動が新しい人や情報、
出来事との接点をつくり、さらに次の展開へとつながっていきます。
一つの行動が、次の出会いを生む。
その出会いが、次の行動を生む。
そうして、自分が生きている世界との関わりが、
自然に広がっていくのです。
大切なのは、
シンクロニシティを起こそうとすることではありません。
偶然を無理に意味づけたり、
すべての出来事を特別なサインとして捉えたりする必要もありません。
今を感じ、
自分の内側から湧いてくる感覚を大切にし、
自然に行動していく。
その過程で出会う人や出来事に心を開き、
そこに生まれるつながりを受け取っていく。
根源とともに生きるとは、
自分の意志だけですべてを動かそうとするのではなく、
自分から生まれる行動と、
その先に広がる世界とのつながりを楽しんで生きることでもあります。
シンクロニシティを求めて動くのではなく、
今を生きることに夢中になっていたら、
思いがけないつながりが生まれている。
そんな生き方へと変わっていくのです。
根源とつながるとは、今を生きる喜びに気づくこと
根源とつながるということは、
特別な自分になることでも、
何かを達成することでもありません。
何かが足りないという意識にとらわれず、
今ここにある自分の感覚に戻っていくことです。
未来に幸せを求め続けるのではなく、今を感じる。
現実を変えることばかりに意識を向けるのではなく、
今の自分が何を感じているのかを大切にする。
何かを得なければ満たされないのではなく、
今ここにあるものから充足感を味わう。
そして、
自分もまた自然の営みの中にある命なのだと気づいていく。
そうして意識が変わると、
同じ日常の中にも楽しさを見いだせるようになります。
特別な出来事がなくても、何気ない時間を楽しめる。
何かを成し遂げていなくても、今の自分を感じられる。
未来がまだ決まっていなくても、今を味わえる。
今を我慢して未来の幸せを待つのではなく、
今を楽しみながら、次の瞬間へと進んでいく。
今、すべてが整っているという感覚から生きる。
自分も自然の一部として、今ここに生きている。
そのことに気づくと、
人生は何かを手に入れるためだけのものではなくなります。
今を感じ、今を味わい、自然の営みの中で生きていることを楽しむ。
そして、今を生きることそのものに夢中になる。
根源とつながることで、
未来のどこかに幸せを探し続けなくても、
今この瞬間にある喜びを感じられるようになります。
生きることそのものが楽しい。
その感覚の中で、
今を味わい、
自然に心を動かし、
自分の命を生きていく。
それが、根源とつながって生きるということなのです。