不足の世界と充足の世界を、どちらも体験して思うこと

そると/心とエネルギーのお話/ビューティフルライフカウンセラー

私はこれまで、「不足」の世界も、「充足」の世界も、
どちらも体験してきました。
そして今、思うのです。
同じ人生を生きていても、
どこに意識を向けているかによって、
見えている世界はまったく違う。
そして、もしかしたら私は、
不足の世界を体験することで、
自分が本来知っていた充足の世界を思い出すために、
ここに来たのかもしれない。
そんなふうに、今は感じています。

不足の世界では、いつも何かが足りない

不足の世界にいるときは、

「もっとお金があれば」

「もっと認められたら」

「もっと愛されたら」

「もっと仕事がうまくいったら」

「もっと自分に自信があれば」

そんなふうに、

「今の自分には、何かが足りない」

と感じます。

そして、足りないものを埋めるために頑張ります。

何かを手に入れれば、きっと満たされる。

何かが変われば、きっと幸せになれる。

そう思って、前へ前へと進んでいく。

でも、不思議なことに、

一つ手に入ると、また次の「足りない」が出てきます。

お金が増えたら、今度はもっと欲しくなる。

仕事がうまくいったら、今度はもっと評価されたくなる。

愛されていても、もっと愛されている証拠が欲しくなる。

不足を埋めるために生きていると、終わりがありません。

なぜなら、「足りない」という意識から、人生を始めているからです。

充足の世界に入ると、「もう、ある」に気づく

一方で、充足の世界を体験してみると、まったく違う感覚がありました。

それは、「もう、ある」という感覚です。

今、食べるものがある。

好きなものを選べる。

自分で仕事をつくることができる。

料理をすることができる。

人と出会うことができる。

美しいものを見ることができる。

自然を感じることができる。

今日もこうして生きている。

よく見てみると、

私はすでにたくさんのものを持っていた。

今まで「足りない」と思っていたのは、

本当に何かが足りなかったからではなく、

すでにあるもの完全さを、見ていなかっただけなのかもしれません。

不足と充足では、同じ現実を生きていても、

見えている世界がまったく違うのです。

「ない」から「ある」へ

面白いのは、充足の世界に入ると、

「問題があっても、前向きに捉えられる」

というだけではないことです。

もっと大きく、現実そのものの見え方が変わっていきます。

以前は、

「うまくいかない」

「思い通りにならない」

「どうしてこうなるんだろう」

と思っていたことも、

あるとき、「あれ?」と思う。

そもそも、何も問題ではなかったのかもしれない。

そんなふうに感じるようになる。

そして、「すべては、ちゃんと思い通りだった」

という感覚が生まれてくる。

今まで起きてきたことも。

遠回りしたことも。

できなかったことも。

思いがけない出来事も。

その一つひとつが、今の自分につながっていた。

「あのとき、あれが起きたから」

「この経験があったから」

「うまくいかなかったからこそ」

今の自分がここにいる。

そうやって振り返ってみると、何ひとつ無駄なことはなかった。

すべてが、自分に必要な体験だった。

そんなふうに感じられるようになります。

充足の世界では、「足りない」がない

そして、ここからが、私がとても深く感じていることです。

充足の世界には、「足りない」という感覚がありません。

欲しいものはある。

愛もある。

安心もある。

すべてが満たされている。

だからこそ、そこでは体験できないことがあります。

「ない」という感覚。

「できない」という感覚。

思い通りにならないこと。

遠回りすること。

失敗すること。

悩むこと。

誰かとすれ違うこと。

頑張っても、なかなか結果が出ないこと。

かつての私は、そんな「不足」の体験を、

できれば避けたいものだと思っていました。

どうしてこんなことが起きるんだろう。

どうして私は、うまくできないんだろう。

どうして思い通りにならないんだろう。

でも、充足の世界では少し違う見方をしています。

私は、そういう体験をすることで、

充足の世界を思い出す設定にしていたのだろうと思えるのです。

「ない」を知ることで、「ある」を思い出す。

「できない」を知ることで、「できる」を思い出す。

苦しさを知ることで、安心を思い出す。

愛が足りないと感じることで、

本当は愛は自分の内側にあったことを思い出す。

外側に答えを探し続けることで、

答えは自分の中にあったことを思い出す。

そう考えると、不足の体験は、

私を充足から遠ざけるためのものではなく、

充足を思い出すための体験でしかなかったのです。

充足の世界では、できないこともしたかった

そして、思うのです。

充足の世界に生きていた私たちは、できないことをしたかった。

何でもある世界では味わえない、「欲しい」という気持ち。

何でもできる世界では味わえない、「やってみたい」という気持ち。

すでに叶っている世界では味わえない、「叶えたい」という願い。

できないところから、できるようになる喜び。

知らないところから、知っていく喜び。

迷いながら、自分で選ぶ喜び。

何もないところから、何かを生み出す喜び。

それを体験したかった。

だから私たちは、制限のあるこの地球に来たのかもしれません。

不足を体験するためではなく、

不足を通して、自分が本来知っていた充足を思い出すために。

そう考えると、今までの人生の見え方が変わってきます。

苦しかったことも。

うまくいかなかったことも。

遠回りしたことも。

「どうして私だけ」と思ったことも。

すべてを無理に肯定する必要はないけれど、

「あの体験があったから、今の私がいる

と感じられる。

それだけで、過去の意味が変わっていくのです。

充足とは、「何もしないこと」ではない

ここは、私自身が大きく変わったところです。

充足というと、「もう十分だから、何もしなくていい」

ということのように思うかもしれません。

でも、私が感じている充足は、そういうものではありません。

むしろ逆です。

満たされているからこそ、自然に何かをしたくなる。

誰かに愛を届けたくなる。

自分の才能を使いたくなる。

好きなことをしたくなる。

人と分かち合いたくなる。

不足から動くと、

「何かを得なければ」

「認められなければ」

「成功しなければ」

という力が働きます。

でも、充足から動くと、

「やってみたい」

「届けたい」

「楽しみたい」

「分かち合いたい」

という、もっと自然なエネルギーになります。

同じ「行動」でも、その出発点がまったく違うのです。

「何とかしなきゃ」が消えていく

充足の世界に入っていくと、もう一つ大きな変化があります。

それは、「何とかしなきゃ」という焦りがなくなっていくこと。

「早く何かをしなきゃ」

「もっと頑張らなきゃ」

「結果を出さなきゃ」

「自分で全部動かさなきゃ」

そんな力が、少しずつ抜けていきます。

そして気づくのです。

本当は、自分が必死になって動かそうとしなくても、

必要な人に出会ったり、

必要な情報が入ってきたり、

必要な出来事が起こったり、

そのときの自分に必要なものが、

自然と目の前に現れていた。

「ああ、今まで私は、自分ですべてを何とかしようとしていたんだ」

と気づく。

本当はもっと大きな流れの中で、ちゃんと物事は動いていた。

だから、何かをしなければ人生が動かないのではなく、

自分が整うと、必要なことが自然に起こってくる。

そんな感覚です。

現実のすべてを、積極的に受け入れられる

充足の世界では、現実を無理に変えようとしなくなります。

「これは嫌だ」

「こんなの望んでいない」

「どうしてこうなったの?」

と抵抗するのではなく、

「これも含めて、今の私に必要だったんだ」

と受け入れられるようになる。

起きていることを、ただ我慢するのではありません。

「本当は違うのに」と思いながら、仕方なく受け入れるのでもありません。

もっと深いところで、「これでよかったんだ」と感じられる。

だから、現実を積極的に受け入れられるようになる。

すると、心の奥から自然に、

「もう、十分にある」という満足感や充実感が、あふれてくるのです。

何かを手に入れたから満たされるのではない。

何も変わっていないように見える現実の中に、

すでに豊かさがあったことに気づく。

それが、今私が感じている「充足」です。

「ないもの」ではなく「あるもの」を見る

人生を変えようとするとき、

私たちはつい、「何が足りないんだろう?」と考えます。

でも、もしかすると、問いを変えるだけでいいのかもしれません。

「今、何がある?」

「私は、すでに何を持っている?」

「今できることは何?」

「何を感じると、私は幸せなんだろう?」

そうやって、意識を「ない」から「ある」へと向けていく。

すると、心に余白が生まれます。

余白があると、本当にやりたいことが見えてくる。

本当に大切な人が見えてくる。

今、自分がすることも見えてくる。

そして、自分の人生を自分で選べるようになる。

だから、私は「ごきげん」で居続ける

ここまで体験してきて、今の私が大切にしたいことがあります。

それは、「ごきげんでいること」です。

人生を整えようと思うと、私たちはつい、何かを変えようとします。

仕事を変える。

環境を変える。

人間関係を変える。

もっと頑張る。

もっと学ぶ。

もっと行動する。

でも、いろいろなことを経験してきて、私は思うようになりました。

ごきげんにしているだけで、すべて整っていくんじゃないか」って。

ごきげんでいるときの私は、無理をしません。

嫌なことを我慢し続けることもしない。

「こうしなきゃ」と自分を追い込むこともしない。

自分が心地よいほうを選び、今できることをやり、あとは流れに任せる。

すると、必要なものが必要なタイミングでやってきます。

人との関係も。

仕事も。

お金も。

暮らしも。

そして、自分自身との関係も。

全部を自分の力で整えようとしなくても、

自分の状態が整うと、周りも自然と整い始める。

ごきげんでいると、「ある」に戻ってこられる

逆に、「何とかしなきゃ」と焦っているときは、

目の前にあるものまで見えなくなります。

足りないものばかり探してしまう。

できないことばかり考えてしまう。

そして、さらに頑張ってしまう。

でも、ごきげんでいると、意識が「ない」から「ある」に戻ってきます。

今日食べるものがある。

好きなものを選べる。

自分で考えることができる。

誰かと笑える。

自然を感じられる。

今できることがある。

そうやって、「もうあるもの」に気づいていく。

すると、自然と次の一歩が見えてくる。

だから、「何とかしなきゃ」と力を入れるより、

まず、自分をごきげんにする。

そして、ごきげんな自分で、今できることをひとつ選ぶ。

それでいいのだと思います。

ごきげんになることは、わがままではない

好きなものを食べる。

好きな服を着る。

心地よい場所に行く。

嫌なことをやめる。

自然の中で過ごす。

美しいものを見る。

料理をする。

ゆっくり眠る。

何でもいい。

「私は今、何をしたらごきげんになる?」

そこから始めてみる。

ごきげんになることは、わがままでも、怠けることでもない。

自分の人生の舵を、自分の手に戻すこと。

自分の内側が整えば、そこから出てくる言葉も、

行動も、選択も変わります。

そして、その選択が、また新しい現実をつくっていく。

充足の中から、人生を創っていく

不足を埋めるために生きるのではなく、充足の中から人生を創っていく。

「もっと、もっと」と追いかけるのではなく、

もう、こんなにある」と感じながら、

その豊かさをさらに循環させていく。

お金も。

愛も。

才能も。

時間も。

人とのつながりも。

自然も。

自分の人生も。

受け取り、味わい、そして誰かへ渡していく。

そうすることで、さらに豊かになっていくのが自然循環の法則なのです。

この地球で、思いっきり体験する

そう考えると、地球という場所は、とても面白い。

何でも完璧に揃っている場所ではないからこそ、

ここでしかできない体験がある。

不足もある。

充足もある。

喜びもある。

悲しみもある。

できることもある。

できないこともある。

だからこそ、私たちは「体験」することができる。

今、何かが足りなくても。

何かがうまくできなくても。

思い通りにならなくても。

それを、すぐに「失敗」と決めつけなくてもいいのかもしれません。

もしかしたら、「私は今、この体験をしに来ているんだ」

そう思ってみる。

「どうしてこんな現実なんだろう」と嘆くのではなく、

「この状況で、私は何を体験してみたい?」

「ここから何ができる?」と考えてみる。

すると、人生への向き合い方が少し軽くなる。

そして、そこで選んだ小さな一歩が、

また次の体験を連れてきてくれる。

不足も、充足も、どちらも人生の一部

不足の世界も、充足の世界も、どちらか一方が正解なのではない。

どちらも知っているからこそ、人生はもっと豊かになる。

不足があったから、充足を知ることができた。

できなかったから、できる喜びを知ることができた。

「ない」と思ったから、「ある」ことに気づくことができた。

そして、「ある」と気づいたからこそ、

今度はその豊かさを使って、また新しい体験を創っていくことができる。

だから私は、「足りない」を怖がるのではなく、

「今、ここにあるもの」を感じながら、

できないことにも挑戦して行くことを応援したい。

そして、いつか振り返ったとき、

「ああ、人生で、本当にいろんなことを体験したかったんだな」

そう思える人が増えたら嬉しいなと思う。

充足の世界では体験できないことを、この地球で思いっきり体験する。

それもまた、この人生の大きな楽しみなのかもしれません。

充足の中から人生を生きていく

人類はこれから、不足を埋めるために頑張るのではなく、

充足の中から、この人生を体験して行くのだろうと感じている。

ごきげんな自分で、今あるものを味わう。

ごきげんな自分で、やってみたいことを選ぶ。

ごきげんな自分で、今できることをひとつやってみる。

そして、起こることすべてを信頼してみる。

「これでよかった」

「すべては、ちゃんと思い通りだった」

そう思える自分で、人生を生きていく。

そうしているうちに、気づけば人生は、世界は、

自然と整っていくのかもしれません。

ごきげんにしているだけで、すべては自然に整っていく。

私はこれから、不足を埋めるために頑張るのではなく、

充足の中から、この地球でしかできない体験を楽しみながら、

自分の人生を生きて行く人たちとどんどん繋がっていきたい。

軽やかに。

自由に。

ごきげんに。

この人生を、

出会うと決めてきた人たちと、

思いっきり味わっていきたいと思います。