実は、苦手な人ほどあなたの潜在意識をくすぐっている

そると/心とエネルギーのお話/ビューティフルライフカウンセラーそると/心とエネルギーのお話/ビューティフルライフカウンセラー

「この人、なんとなく苦手だな」

「一緒にいると、どうしても不快になる」

「なぜか、その人の言動に反応してしまう」

そんな人はいませんか?

以前の私は、人の言動によく反応していました。

相手の表情や言葉、場の空気を敏感に感じ取って、

「今、機嫌が悪いのかな」

「何か気に障ることを言ったかな」

「波風を立てないようにしよう」

と、無意識に相手をフォローしていました。

相手が不快にならないように。

その場の空気が悪くならないように。

みんなが気持ちよくいられるように。

そうやって、いつも自分よりも相手のことを見ていたんだと思います。

でも、自分と仲直りしてから、その見方が変わりました。

人の言動に反応したとき、

「どうして、この人はこんなことをするんだろう?」

ではなく、「私は、なぜこの人の言動に反応しているんだろう?」

と、自分の内側を見るようになったのです。

すると、今まで「苦手な人」だと思っていた人が、

少し違った存在に見えてきました。

もしかしたらその人は、

私の潜在意識をくすぐってくる人だったのかもしれない。

そんなふうに思うようになったのです。

「あの人が苦手」の奥にあるもの

たとえば、自由に振る舞う人が苦手。

自分のことばかり優先する人といると疲れる。

人に甘えている人を見ると、モヤモヤする。

自信満々な人を見ると、怖いと思う。

ワガママ言いたい放題なのに、

パートナーから愛されている人を見ると嫉妬する。

「私はこうしたい」と堂々と言える人が強いなと感じる。

そんな反応の奥には、

もしかしたら、「私も本当は、そうしたい」

という自分がいるのかもしれません。

私たちは、自分の中にあるすべての思いを、

自覚して生きているわけではありません。

「本当は甘えたい」

「もっと自由になりたい」

「もっと自分を優先したい」

「もっと愛されたい」

「もっと堂々としていたい」

「もっと受け取りたい」

そんな思いがあったとしても、

「そんなことをしたら、わがままだと思われる」

「人に迷惑をかけてはいけない」

「皆と同じ事が出来ない私は愛されない」

「人の役に立たなければ価値がない」

「自分より人を優先しなければいけない」

そんなルールを自分の中に持っていると、

その願いを、

自分でも気づかないように奥へしまい込んでしまうことがあります。

ところが、

自分が禁止していることを自由にやっている人が目の前に現れると、

なぜか強く反応する。

それが、

怒りだったり、

嫉妬だったり、

不快感だったり、

「なんか、この人苦手」

という感覚として現れることがあります。

苦手な人は、あなたの「禁止」を見せてくれる

たとえば、

自由な人が苦手なら、「私は自由になってはいけない」

というルールを持っているのかもしれない。

甘えている人が苦手なら、「私は人に甘えてはいけない」

と思っているのかもしれない。

愛されている人が苦手なら、「私は愛される存在ではない」

と思っているのかもしれない。

堂々としている人が苦手なら、「私は自分の価値を主張してはいけない」

と思っているのかもしれない。

つまり、相手の中に見えているものが、自分の中にもある。

ただし、「自分も同じことをしている」という意味ではありません。

その人が持っている性質や生き方を見たことで、

自分の中に眠っていた、まだ許可していない自分が刺激されている。

そんなことがあるのです。

不快感は「ここを見て」と教えてくれている

だから、

苦手な人に出会ったとき、「あの人が悪い」

だけで終わらせるのではなく、少しだけ自分の内側を見てみる。

「私は、この人の何が苦手なんだろう?」

そして、

「その部分を、私は自分に許しているだろうか?」と問いかけてみる。

すると、

「あの人の自由さが嫌だったんだ」と気づく。

でも、その奥には、

「私も本当は自由になりたかった」という自分がいるかもしれない。

「あの人の甘え方が嫌だった」と思っていたけれど、

その奥には、

「私だって、本当は誰かに甘えたい」という自分がいるかもしれない。

「あの人が愛されているのを見ると、モヤモヤする」

その奥には、

「私も、あんなふうに愛されたかった」という、

とても素直な願いがあるかもしれない。

だからといって、苦手な人を好きになる必要はない

ここは、とても大切なところです。

潜在意識を見るために、

苦手な人と無理に付き合う必要はありません。

傷つけてくる人からは、離れていい。

嫌なことには、「嫌」と言っていい。

境界線を引いていい。

無理に受け入れる必要もありません。

相手を許すことと、相手と一緒にいることは別です。

大切なのは、相手を変えることではなく、

その人によって反応した自分の内側を見てあげること。

「この人をどうにかしよう」

ではなく、

「私は何に反応したんだろう?」と、自分に戻ってくることです。

自分と仲直りすると、世界の見え方が変わる

自分と仲直りする前の私は、

人の機嫌や感情を感じ取ると、それをどうにかしようとしていました。

目の前の人の苦しみを取り除いて、助けたいと思っていました。

相手が不快そうなら、フォローする。

場の空気が悪くなりそうなら、自分が調整する。

相手が嫌な思いをしないように、自分の言動を変える。

そうやって、

無意識のうちに、

相手の感情まで自分の責任にして背負っていたのかもしれません。

でも、

自分と仲直りしてからは、

「この人がどう感じるか」と「私はどう感じているか」

を分けて考えられるようになりました。

相手の感情は、相手のもの。

私の感情は、私のもの。

そして、

自分の中に起きた反応は、自分自身を知るためのサインとして見る。

そうすると、

人の言動に振り回されることが、少しずつ減っていきました。

意味が反転する

そう考えてみると、

今まで「苦手な人」だと思っていた人への接し方が、少し変わってきます。

その人は、

あなたを不快にするためだけに現れた人ではないのかもしれない。

あなたの中にある、

自由になりたい自分。

甘えたい自分。

愛されたい自分。

受け取りたい自分。

自分を大切にしたい自分。

もっと堂々と生きたい自分。

そんな、

まだ自分に許していなかった自分を、

見せてくれている人なのかもしれません。

だから、

苦手な人に出会ったとき、

「この人が私に何をしたのか」だけを見るのではなく、

「この人によって、私の中の何が反応したんだろう?」

と深く心の中を見てみる。

そこには、

あなたがこれから取り戻していく、

「本当の自分」の一部が隠れているかもしれません。

苦手な人は、あなたの可能性をくすぐっている

私たちは、

自分がすでに許しているものには、それほど強く反応しません。

「この人は自由だな」と思っても、

自分自身も自由に生きることを許していれば、

「自由な人との時間は、自分も自由に出来て気を遣わなくていいな」

と思うだけかもしれない。

「この人は愛されているな」と思っても、

自分も愛されることを受け取れていれば、

素直に、「素敵な人だな」と思えるかもしれない。

だからこそ、

強い不快感や嫉妬や怒りが出てきたときは、

そこに、「まだ自分に許していない何か」がある可能性があります。

それは欠点ではありません。

むしろ、あなたの中に眠っている可能性です。

「苦手」から、自分を知る

現実的に、精神的・身体的な攻撃を受けている場合は、

苦手な人とは、今すぐ距離を取る選択をしてください。

ここでお話ししたいのは、

「何となく一緒にいると心地が悪い」

「悪気はなさそうだけれど、軽く扱われているように感じる」

「なぜか、あの人の言動が気になる」

そんな人についてです。

そういう場合は、ただその人を遠ざけるだけではなく、

「その人によって、私の中の何が反応したんだろう?」

と、自分の内側を見てみる。

すると、苦手な人が、

自分自身を知るためのひとつの「鏡」になることがあります。

「あの人のあの発言が嫌」そう思ったとき、

その人を責めるのでもなく、

自分を責めるのでもなく、

ただ、「私は、何に反応したんだろう?」と、自分の心を見てあげる。

すると、そこに、「本当は、私もそうなりたかった」

という気持ちが隠れていることがあります。

もし、そんな自分を見つけたら、

「そうだったんだね」と、声をかけてあげる。

そして、「もう、そうしてもいいよ」と、許してあげる。

すると、今まで誰かに向けていた怒りや嫉妬、不快感が、

少しずつ、自分自身を取り戻す力に変わっていくことがあります。

苦手な人を、好きになる必要はありません。

その人と仲良くする必要もありません。

距離を取ることが必要なら、ちゃんと距離を取っていい。

ただ、その人をきっかけに、

自分の中にいる「まだ許していなかった自分」に気づいてあげる。

それだけでもいいのです。

誰かを見て、

「いいな」

「羨ましいな」

と思ったのなら、

そこには、あなたが本当は望んでいたものが

隠れているのかもしれません。

誰かの自由さが羨ましかったなら、

あなたも、自由になっていい。

誰かの愛され方が羨ましかったなら、

あなたも、愛されていい。

誰かが堂々と自分を表現している姿が気になったなら、

あなたも、自分の価値を疑わずに生きていい。

誰かが自分らしく生きていることに腹が立ったなら、

もしかしたら、「私も、本当はそう生きたい」

と、あなたの内側にいる自分が教えてくれているのかもしれません。

「苦手」という感情は、

必ずしも、その人を排除するためだけにあるものではありません。

ときには、「まだ、あなた自身が許していない自分がいるよ」

と教えてくれるサインでもあります。

だから、「あの人が嫌」で終わらせるのではなく、

「私は、何に反応したんだろう?」と、自分に問いかけてみる。

そこに見つかった自分を、今度は自分自身が生きてあげる。

すると、

「苦手な人」は、あなたの人生を邪魔する人ではなく、

あなたの潜在意識をくすぐり、まだ知らなかった自分を教えてくれる人

だったと気付けるかもしれません。

あなたが羨ましいと思ったもの。

あなたが腹を立てたもの。

あなたがなぜか気になって仕方なかったもの。

その中には、「本当は、私もそう生きたい」という、

あなた自身からのメッセージが隠れているのかもしれません。